オシムの言葉―フィールドの向こうに人生が見える

 現在ジェフ千葉の監督を務める、イビツァ・オシムの半生を描いた伝記本。面白いから読め読めと王子に投擲されて、サッカー知らないんだけどなあ、とぶつくさ言いつつ読み始めた。したらこれが面白いのなんの、びっくりした。オシムという名もこの本で初めて知ったくらいサッカーに疎い自分が、これほど興味を持って読めたのは意外だった。
 サラエボ出身のオシム監督の半生には、民族対立、内戦、分裂という旧ユーゴスラビアの現代史が暗く影を落としている。開戦前夜のユーゴでは、各民族派閥からの圧力とプロパガンダから、多民族からなるチームの選手を守らなければならなかった。内戦の火蓋が切られてからは故郷に戻ることもできず、家族の安否も不明なままに、国外で試合を続けなければいけなかった。やがてオシムの薫陶を受けた選手たちも、否応なしにチームを抜けざるを得なくなる。「自分が試合に出たら故郷が爆撃される」と嘆く選手たちを、無理に呼び戻すことなどできるはずがなかった。
 また、開戦前後にプロパガンディストの激しいバッシングを浴びた経験は、以後のオシムの、マスコミに対する独特の態度を形作った。オシムがサッカーについて語る、ユーモアと含蓄に富んだ言葉は「オシム語録」として親しまれているが、実はそれは彼なりのプロパガンダ防衛策から生まれたものなのだった。
 サッカー監督の伝記からプロパガンダ戦争下の行動規範を読み取るなんて、邪道な読み方もいいところかもしれないが、そういうところに興味を持っちゃったんだからしょうがない。もちろん、サッカーそのものに興味のある人が読めば倍二重に面白いはず。馴染みのない分野の本にも関わらず、たいへん楽しめました。