征途

walkeri2004-04-06

 レイテでうっかり勝っちゃったせいで終戦が延びて、北海道の北半分がソ連に占領されて分割国家となった日本の戦後を描いた架空戦記です。すんごい面白い。フィリピンに行ったときに『レイテ戦記』読んでずいぶん感銘を受けたんですが、読んでおいてよかった。史実とifの世界を分かつ転換点である上巻のレイテ沖海戦、色々わかって楽しめました。レイテはもうぼろぼろの日本海軍が唯一大戦果を上げられる可能性のあった(そしていいところで艦隊が引き返したため見事にチャンスを逃した)戦場であり、今でも戦史を振り返って悔しがる人が多いとか。日本海軍ファンの夢想を具現化したような展開は、それだけ見ると単なる旧軍マンセーと思われるかもしれません。しかしそうではない。終戦が延びるということは、それだけ死人が増えるということでもあります。レイテでの敗北によって早期の日本打倒が不可能になったアメリカはソ連を北海道に侵攻させ、分割統治された日本は朝鮮半島と同じく冷戦の舞台と化します。南北日本はその技術力と勤勉さによって軍事的にも強国となり、ベトナム湾岸戦争にも派兵して異国の地で銃を向け合うことになります。やがて北日本の指導者の健康に不安が見え始め、事態は一気に緊迫の度を増していくのです。
 物語の主軸は海軍の家系である藤堂家の面々。この話は三代にわたる親子のドラマでもあります。時代の荒波に翻弄されながらも、冷静で信念を失うことのない彼らは、昨今の日本のフィクションにはなかなか見られないタイプのキャラクターで大変格好よろしい。日本の軍隊、日本の戦争というテーマにぎょっとする人も多かろうですが、決してファナティックにならず、知性と皮肉に満ちた視線でもう一つの日本の姿を描き出すこの小説は、多くの人の共感を呼び得るものです。あり得たかもしれないもう一つの戦後史としてもよく考えられています。玉石混交といわれる架空戦記の中でもこれは文句なしに玉でしょう。食わず嫌いせず手にとって見ることを強くお勧めします。
 なお、散りばめられた小ネタはかなり多くてマニアック。司馬遼太郎とかハインラインとかティプトリーとか、有名人が沢山出てくるのがクロスオーバーじみていて楽しいですし、さりげなくアニメやゲームから取られた単語が紛れ込んでいるのも愉快です。
 もう一つ、この世界ではかの戦艦「やまと」が沈まず生き続け、大活躍します。物語の中でこれが最も作者の思い入れを反映している部分なのかもしれません。好きじゃなきゃ改装するたびに二面図載せたりしないでしょう。兵器の名前やカタログスペックにとんと目が向かず、運用の方に興味がある私ですが、この本で軍艦にロマンを感じる人の気持ちがわかったような気がします。軍艦の戦いというのは、海上に聳え立つ巨大構造物同士が、音速を超える鉄の塊やミサイルで殴りあうというものなんですね。そいつはSFだ。というか怪獣映画だ。その中で最も大きいのが「やまと」だといわれれば、なるほど燃えるものがあります。基本的に巨大なものが好きなのでわくわくしながら読みました。かように軍事知識の薄い人間でも充分楽しめたので、怖がらずにどうぞどうぞ。惜しむらくは下巻の最後がかなり駆け足になっていることで、この展開ならもう一巻あってもよかったなあ。とはいえ著者はシリーズを未完のまま放り出す常習犯のようなので、これが無難なところだったのかも。

 Wikipediaの「大和」。手堅くまとまってる感じ。大和ってこんなんかー(なんも知らん人)。