暗黒大陸の悪霊 ISBN:4167661462

 ウーススゥッ!ズールー族の雄叫び) カナダの京極夏彦マイケル・スレイドの新作だよ! マイケル・スレイドは三人組の弁護士の合作ペンネームで、その内訳はマイさんとケルスさんとレイドさん。この中に一人頭のおかしい人がいて、いつも話を斜め45度の方向にかっとばすんだ(ケルスさんが怪しいんじゃないかと言われてるけどはっきりしない)*1。今回は1879年のズールーランド、後に南アフリカと呼ばれることになる土地で戦われた、ロークス・ドリフトの戦いに端を発する事件だよ。殺人鬼の凶器もズールー族の戦闘用棍棒(ノブケリー)。舞台がカナダなのに? という疑問が無益なのは、もうみんな判ってるよね。作者誰だと思ってるんだ? マイケル・スレイドだよ?
 といって片付けるのも不親切なので書いておきますと、カナダ連邦騎馬警察(RCMP、Royal Canadian Mounted Police)の特別対外課(スペシャルX=Special External Section)の面々を主役に据えたこのシリーズ、大河警察小説と形容されているように、破天荒で壮大な展開で他の追随を許しません。どう破天荒かというと、まず人がいっぱい死ぬ。狂人に惨殺される人がたくさんいるのは毎度のことだし、主要登場人物の友人や家族や恋人や子供がちょくちょく死ぬし、主要登場人物自身が殺されることだって珍しくない。最初に「カナダの京極夏彦」と言いましたがちょっと語弊がありました。京極堂シリーズに置き換えれば、中禅寺の妹とか中禅寺の妻とか関口の妻とか木場とか榎木津とかが巻が進むごとにどんどん死んでいって、傷心の中禅寺がようやく新しい恋をしたとたんその恋人がまた殺されて、関口は撃たれたり刺されたり殴られたりしてどんどん身体の一部を失っていく、そんな感じで思い浮かべればよろしいと思います。つまりシリーズものにつきもののマンネリや安心感は皆無。刺すか刺されるか、一瞬たりとも気が抜けません。
 そんな殺伐とした話面白いの? と思われるかもしれませんが、これが面白い。確かに登場人物はひどい目にあうし、愛する者を失って失意のどん底に沈みますが、話がそこで停滞することはありません。メンバーが一人絶望に打ちひしがれている間にも世界は動き、同僚たちは犯人を地の果てまでも(ここ、笑うところ)追い続けるのです。魅力的な登場人物が揃っているにも関わらず、このシリーズはキャラ萌え小説ではなく、群像劇です。カナダそのものを象徴する、RCMPという組織そのものが主人公と言えるかもしれません。しかし今回は終盤いつにもましてひどいことになってて、こんなことが続くと騎馬警官全滅しちゃうよ!
「壮大な展開」のほうにも触れておきましょう。100年前の伝説の騎馬警官に端を発する連続殺人(『ヘッドハンター』)、イギリス、アメリカ、カナダの三国をまたいだクトゥルフ神話がらみの連続殺人(『グール』)、カスター将軍と巨大頭蓋骨と中国の不老不死伝説がからむ連続殺人(『カットスロート』)、「嵐の山荘」となった孤島で起こる、本格推理へのオマージュとアレイスター・クロウリーががっぷり組んだ連続殺人(『髑髏島の惨劇』)と、やりすぎ感漂う話ばかりのこのシリーズですが、前述した通り今回はアフリカです。凄まじい激戦となったロークス・ドリフトの戦いの描写も見所ですが、その辺は作中で読んでもらうとして、あの不幸な男は、今度はアフリカ奥地で例によってひどい目に。作者にも完全に不幸キャラとして認知されているみたいで笑ってしまいます。生き延びられたかどうかは読んでのお楽しみ。
 それはさておき、唐突にアフリカが出てくるのは物珍しさだけが理由ではありません。ちゃんとキャラクターの過去とテーマに関わっています。ちなみに今回のテーマは人種問題なんですが、この扱い方には好感が持てました。バカなだけじゃないな、マイケル・スレイド。もしくは3人の中に誰かバカじゃない人がいる。
 兎にも角にも、この騎馬警察サーガ、爆笑血みどろバカミステリーのトップクラスであることは間違いありません(狭いニッチ)。興味を持たれた方は前作『髑髏島の惨劇』から続けて読むことをお勧めします。『ヘッドハンター』『グール』『カットスロート』の創元から出ていた三冊は、今のところ古本屋を探して手に入れるしかないので(比較的見つかりやすくはありますが)。復刊運動もあるようです。

  • スレイドファンサイト「スペシャルXの事件簿」:できたばかりかな? 英語サイトの文章の翻訳も掲載予定だそうなので期待。創元版の紹介もあります。
  • Zulu War Art:ロークス・ドリフトの戦いを描いた絵。"Rorke's Drift"でググると色々出てくるので、読み終わった人はやってみられ。ちなみに、ロークス・ドリフト前に大敗を喫したイサンドルワナの綴りは"Isandlwana"。
  • The Anglo-Zulu War of 1879 Isandlwana and Rorke's Drift:戦史。一番下にロークス・ドリフトのマップが。
  • The Defence of Rorke's Drift:ウォーゲームにもなってるー。遊んでみたいけど"Complexity: high"とか書いてあるのがおっかないな。

*1:超適当なことを言ってるので、ちゃんとした紹介はキーワードクリックで見てください