イヌジニン ―犬神人― (1)

 ちらほら噂は耳にしていたので買ってみたら、これは大当たり。丹精に作られたオカルトアクション漫画の傑作でした。
 「イヌジニン」とは、古来、世の禍事の穢れをわが身に引き受けて鎮める低級の神官のこと。主人公たちはその名を名乗り、この世に現れて禍を撒く「け(怪)」を祓います。退魔師、などと言えば聞こえはよいですが、その実態はオカルト界の下働き、あの世から来るものたちを水際で阻止する現場の作業員と言った方が正しいでしょう。伝奇アクションにつきものの厨二病テイストは極限まで削られています。
 舞台となるのも、郊外の住宅街やひと気のない山の中、すさんだシャッター通りなど、特に珍しくもない、現代日本の日常の風景ばかり。そこに出現する「け」も、特にデザインに凝っているわけでもなく、曖昧模糊とした名もない塊にすぎなかったりします。
 しかしこれがとても面白いし、怖い。
 禍々しくて物寂しいのに、読後感はスッキリしていて、胸に残ります。自分が知る漫画家の中で、一番この作品と空気が近いのは高浜寛です。
 「け」の恐ろしさは、災いと狂気を人間のあいだに撒き散らすところにあります。放置するとたくさんの人が不幸になり、それを防ぐことができるのはイヌジニンたちをおいて他にはいない。そのため彼らは否応なく汗水たらして駆けずり回ることになります。命の危険がある上に、世間の理解も得られない役目。しかしそれでも、やらざるを得ない。
 作風はまったく違いますが、読んでて奥瀬早紀の『低俗霊狩り』を思い出しました。あれがこの分野の漫画において「新しい」ものだったのと同様に、『イヌジニン』もまた、現代の世相と実話怪談以後をうまく取り込んで消化しており、これからのオカルト漫画の重要な道標になりうる作品だと思います。
 今から続きが楽しみです。イヌジニンたちがもっともっと圧迫されて、もっともっと洒落にならない怪異と、カツカツの戦いを繰り広げてくれますように。

イヌジニン ―犬神人― (1) (怪BOOKS)

イヌジニン ―犬神人― (1) (怪BOOKS)