ダンクーガと三人の武器商人

 アニメ『獣装機攻ダンクーガ ノヴァ』の設定、「戦場、紛争で一方が負けそうになると現れて、戦局をイーブンに戻して去っていく」というのがあまりにはた迷惑でびっくりしたので、ついこんなものを書いてしまった。反省はしていない。
 

 アラビア半島の太陽は熱かった。
 ユーリー・オルロフはテントの床にぐったりと腹ばいになったまま、双眼鏡を覗き込んでいた。砂漠用テントの厚い布地も、空気そのものの孕む熱を締め出すことはできない。噴き出す汗がすぐに蒸発し、肌に白く塩を残していく。
 眼下の街では散発的な小競り合いが続いている。AKの銃声とRPGの発射音が、時折思い出したように沸き起こり、また途絶える。
 イラク北部、キルクークの南西およそ40kmに位置する小さな街。あたり一面砂漠に囲まれたこの街はいま、国家の主権を争う二つの武装勢力が衝突する最前線となっていた。
 ユーリーがこんな片田舎に来たのも、その衝突目当てである。
 目下のところ、事態はユーリーの期待通りには進んでいない。せいぜい三日のうちに片がつくと思っていた戦闘はだらだらと続き、当初のユーリーの目算とは裏腹に、低い温度のままで慢性化する兆しを見せ始めていた。
 街を見下ろす砂丘の上、痩せ細ったナツメヤシの木立に隠れるように、破壊された民家が数軒並んでいる。その廃墟の中、崩れかけた石壁の後ろにキャンプを設置して、今日で五日目。水も食料もそろそろ心もとない。ユーリーはクーラーボックスを開けて手探りし、残ったビールがあと二、三本しかないことに気付いて唸り声を上げた。
 申し訳程度に冷えた缶ビールを開けて口をつけたとき、エンジン音に気がついた。車輌――トラックだ。こちらに向かって徐々に近づいている。ユーリーは起き上がり、テントの窓のジッパーを下ろした。砂塵よけの細かいメッシュ地を透かして外に目を凝らす。
 砂丘を挟んで、街とは反対側の小道を、軍用トラックが一台近づいてくるのが見えた。新生イラク陸軍で使われているものと同型だが、所属を示すエンブレムも、認識番号もついていない。
 トラックは砂丘の下で止まり、ドアが開いて、若い女が降り立った。
 場違いな女だった。派手なフェザープリントのワンピースの上に、仕立てのよさそうなシンプルな白いジャケットをひっかけている。花柄のストローハットをかぶり、顔には細身のサングラス。まるで夏のバカンスにやってきた良家のお嬢様のようだ。
 女には見覚えがあった。ドバイで。アテネで。ケープタウンで。女はユーリーの同業者だった。バカンスに来たわけではない――ビジネスに来たのだ。
 トラックはもう一人、銃を持った小柄な少年を降ろすと、排気管から黒煙を吐いて、再び小道を辿っていった。
 女と少年は、熱い砂に足跡を残しつつ、斜面をユーリーの方へと登ってきた。ユーリーは舌打ちをして、放り出してあったYシャツに袖を通すと、テントの垂れ幕を上げて外に出た。
 斜面を登りきった女は、迎えに出たユーリーを見て友好的な笑みを浮かべた。
「ミスター・オルロフ。」手を差し出し、「お会いできて光栄です。」
「こちらこそ、ミス・ヘクマティアル。ノーネクタイで失礼しますよ」
 差し出された手を握り返し、ユーリーは相手を値踏みする。サングラスを外した顔は、まだティーンエイジャーの幼さを残しているように思える。だが、三日月形に細めた目で見上げてくる視線には、どこか不敵な、底が知れないものが感じられた。
 なるほど、とユーリーは思った。これがココ・ヘクマティアルか。
 兵器ビジネス界のニューフェイス――ココ・ヘクマティアル。ユーリーと同じ、武器商人ウェポン・ディーラーである。20代前半という若さでありながら、ここ数年で急速に実力をつけつつあり、噂では自ら指揮を執る私兵集団まで抱えているという。
「兵器ショー以外でお会いするのは初めてですね?」
「ええ、驚きました。あの高名なミスター・オルロフが、いったいなぜこんなところに?」
「さあ、たぶん、あなたと同じ理由ではないでしょうかね」ユーリーは少年に目を移した。「こちらは?」
「私の、弟です。」
「ほう」ユーリーは片眉を吊り上げて少年を見た。ヒスパニックか、アラブ人だろうか。浅黒い顔には何の表情も浮かんでいない。小さな背丈には不釣合いな、無骨なFN-FNCアサルトライフルを両手で持っている。子供には有り得ないほどの落ち着きと、妙に場慣れた雰囲気が引っかかった。
 この手の「銃を持った子供」を、以前にユーリーは見たことがあった。戦時下のアフリカをビジネスに駆け回っていたころに、幾度となく。
 ――ご趣味のよろしいことだな、とユーリーは内心毒づいた。弟だと? よくもそんな白々しいことがいえたものだ。
 ココ・ヘクマティアルは、少年兵チャイルド・ソルジャーを飼っているのだ。
 
 午後遅くになっても、戦闘の行く末は判然としないままだった。テントに上がりこんだヘクマティアルは、コークのペットボトルをときおり口に運びながら、戦場となった街をうんざりした顔で眺めていた。
「待ちくたびれますね。何をぐずぐずしているのかな。」
「怖いんだよ、どちらの側も」ユーリーは答える。「相手を叩き潰したいのはやまやまだが、均衡を崩すと「お仕置き」があるかもしれない。だから待っている。相手を速やかに殲滅させるだけの火力を手に入れて、埋めようのない徹底的なダメージを与える機会を待っているんだ」
「しかしその火力はもう調達されているはずです。二週間前、キルクークで、旧バース党の残党が、シリア経由で運び込まれた複数の航空機部品入りのコンテナを受け取っています。あれはあなたのビジネス?」
「ノーコメントだ」ユーリーは言い、「そういえば、シーア派武装勢力は、イランからのルートで結構な量の対空兵器を手に入れたと聞いたが――」
「フフッ。ノーコメントです。」ヘクマティアルは狐めいた笑みを浮かべた。
「いずれにせよ、彼らが何を持っていようと、運用のタイミングを誤ってはすべてが無駄になる」
「そろそろかと思って来たのに、当てが外れたかな?」ヘクマティアルは腕を組み、うーんと唸って首を傾けた。
「ココ。」覗き窓から外を見ていた少年兵が、不意に口を開いた。「誰か来る。」
 覗いてみると、先ほどトラックが通っていった道を、一頭のラクダが近づいてくるのが見えた。大柄な男が乗っている。
 男はテントの方を見上げると、ラクダを降り、轡を取って砂丘を登りはじめた。
「お知り合い?」
「いや、知らない顔だ」ユーリーは訝しみつつ、出迎えようと再びテントの垂れ幕をめくった。
「ヨナ、すぐ撃っちゃだめだよ。」背後でヘクマティアルが言っているのが聞こえた。
 近くまで来た男は、ずいぶんと恰幅のよい体格をしていた。トルコ人だろうか。浅黒い肌に口ひげを生やし、頭にはパンケーキのような平たい帽子。少しでも細く見せようとでもいうように、縦のストライプの入ったゆったりとした服を着て、その上からベストを羽織っている。腰には鉄で補強された古めかしい算盤をぶら下げていた。
「おお! どなたかは知らないが、ちょうどよい所へ来てくれました!」
 男は愛想のいい声を上げた。
「あの街に入るつもりでここまで来たのですが、地元武装勢力の警戒が厳しくてこれ以上進めなかったのです」
「あの街に? 見ての通りあそこは戦闘中だが、一体何の用で?」
「商売ですよ。私は商人なんです」
 男はラクダの鞍から、パンパンに膨れ上がった大きなナップザックを下ろした。限界まで物が詰め込まれている様子で、口を留めているベルトが今にも弾け飛びそうだった。
「行商人か」ユーリーは納得して言った。「医薬品か、食料か知らないが、今はやめておいたほうがいい。これから戦闘が激しくなる。巻き込まれて命を落とすぞ」
「いや、そうではないんです。実のところ、私が商っているのは武器でして」
「武器――?」
「これは申し遅れました」男は人懐っこい笑いを浮かべて言った。「私はトルネコ――旅の武器商人です」
 ユーリーとヘクマティアルは、思わず二人で顔を見合わせていた。
 トルネコと名乗った男は、二人の困惑も知らぬげに、手をかざして街の様子を眺めやった。
「今は静かでも、夜になればたいそう盛り上がるんでしょうな」
 その言葉に釣られて二人が街に目を向けた、そのときだった。
 街の中で大きな爆発が起こった。赤と黄色の火の玉が建物を吹き飛ばし、一拍遅れて爆発音が響き渡る。
 数秒と待たずに、一つ、また一つと、街のあちこちで同じように建物が吹き飛んだ。炎の中で何かが誘爆し、高々と火柱を吹き上げた。
 爆発の残響も消えないうちに、激しい銃火が街中で沸き起こった。
 どちらかの勢力が、ついに総攻撃に出たのだ。
「どうやら、夜まで待たなくてもすみそうだな」ユーリーは言った。
 最初に起こった連続した爆発は、弾薬庫か、格納庫を狙ったものだ。総攻撃に備えて、相手の火力を粉砕しておくことが狙いだ。あの炎の中では、ユーリーかヘクマティアルか、どちらかが売った商品が燃えているのだろう。
「ココ。」少年兵が空を指差した。「あれ……」
 幾筋も立ち昇る黒煙の向こうに、低空で進入してきた二つの機影が見えた。
「地上攻撃機!」とヘクマティアル。
 ユーリーにはもちろん、その正体が判っていた。
 それは彼の商品だった。
 Su-25グラーチュ、またの名をフロッグフット。A-10サンダーボルトのソ連版ともいうべき、堅牢頑健な主力攻撃機である。
 街の上空をフライパスする二機の翼から、四発の空対地ミサイルが離れた。爆音を轟かせて通過する二機の背後で、ミサイルは地上に向かって吸い込まれていった。街の東側で次々と爆発が起こった。
 Su-25は機体を大きく傾けて旋回し、引き返してきた。かなりの低速だ。翼下のロケット弾ポッドが火を噴き、炎と鉄で街を耕していく。デコイ・ディスペンサーから放たれたフレアが、真昼の空にもまばゆく輝いた。
 戦闘の趨勢は明らかだったが、Su-25の攻撃は徹底していた。30mm機関砲がビルを貫き、500kg焼夷弾が巨大な炎の花を咲かせた。携帯式対空ミサイルによる散発的な抵抗があり、事実一度は、片方のエンジンに命中した。ところが、空飛ぶチタンの棺桶は墜ちることもなく、黒煙を噴きながらも攻撃を続行した。信じがたい頑丈さだった。
 およそ二時間ほどで、戦闘はほぼ終結した。二機のSu-25は高度をとって、名前の由来となったグラーチュのように、生き残った敵を探して戦場の上を旋回していた。
 三人の武器商人は無言だった。これまでの展開に、特に見るべきものはない。
 本当の目当ては、次に来るものだ。
 既に日が傾いていた。沈みゆく太陽は砂丘の稜線に隠れ、空は桃色から藍色へと徐々にその色を変えつつあった。
 どこかで雷鳴のような音が響いた。
「おっ」トルネコが太い指を上に向けた。「来ましたな」
 指差す先に目をやると、それがいた。
 空からゆっくりと降りてくる、巨大な人型のロボット。
 全身に夕日を受けて、きらきらと輝いている。
「あれが《ダンクーガ》。」ヘクマティアルが呟いた。
 ロボットの腕から火線が延び、Su-25を捉えた。二機の攻撃機は膨れ上がったかと思うと、あっけなく炸裂し、火の玉となって落下していった。
 地響きを上げてロボットが着地した。
 瓦礫の山の中、膝を伸ばして立ち上がると、ぐるりと頭部を巡らして、辺りを睥睨する。
 周囲の建物と比較すると、大きさは40m近い。
 たちまち砲火が集中するが、ロボットはものともしない。
 爆煙をまとわりつかせながらも、何ら傷ついた様子もなく、車両や兵士に近づくと、おもむろに拳を振り上げて――叩きつけた。
 沸き起こった悲鳴を爆発が掻き消す。
 虐殺が始まった。
 
 《ダンクーガ ノヴァ》――その存在の全てが謎のロボット。
 わかっていることは「弱者の味方」。
 いかなる理由によるものか、それは、世界各地の地域紛争に介入し、弱者の側に肩入れする。
 そして、不条理にも――戦局をイーブンな状態に戻して去っていくのだ。
 あらゆる紛争を長期化させる、狂ったウォー・キーパー。
 その存在を、人は神とさえ呼んだ。
 
「今回は酷いことになりますね」トルネコが言った。「敵を殲滅するのが間に合わなかった。よりによって、ほとんど殲滅しかけたところに《ダンクーガ》が来てしまった」
「《ダンクーガ》は戦局をイーブンにする。例外はない。生き残るのはせいぜい数人だろうな」
「あれは、私たちの仕事をどう変えるのでしょうね。」ヘクマティアルが言った。
 それはまさに、ユーリーの最大の関心事だった。それを自分の目で確かめるため、わざわざここまで出向いてきたのだ。
「兵器市場がますます活性化することは間違いない。《ダンクーガ》の引き起こす世界的な紛争の長期化は、継続的な需要を生む。中でも、大火力の兵器の価格が高騰するだろう」ユーリーは言った。「ちょうど今回のように、短時間で戦闘に決着をつける試みが増えるはずだ」
「しかし、それはいずれ頭打ちになります。」とヘクマティアル。「紛争の当事者すべてが火力を増大させていけば、短時間で戦闘を決着させることはすぐに不可能になります。通常の戦争は姿を消し、テロと暗殺が主流になるでしょう。」
 その通りだ――ユーリーは思った。既に、生物化学兵器や、スーツケース核爆弾の取引情報が、複数の筋から耳に届いている。
「あんたはどう思うね、トルネコさん」
「私ですか? そうですなあ。私はこういうものが売れるんじゃないかと思っておるのですが」そう言って、トルネコは自分の荷物を開けた。
「なに、これ?」ヘクマティアルが目を丸くする。「剣に……盾?」
 トルネコの大きな荷物の中から出てきたのは、大量の古代武器だった。
 剣、戦斧、鎚矛、棘の生えた鎖鉄球。派手な装飾を施された兜に籠手、それに何枚もの盾。骨董品としか見えないものが、鞄の中にぎっしりと詰め込まれている。
「なんだ――武器商人と聞いて驚いたが、あんたの専門はこっちのほうか」ユーリーは拍子抜けして言った。「確かにある種の権力者は、この手の品を飾ることを好むが……」
「いやいや、飾りではないのですよ。これらはどれも、実際に使える品ですし、実際に使っていただくために私は売るのです」
「実際に? 一体誰に売りつけるつもりだ。あそこで殺し合ってた連中が、AKを円月刀に持ち替えて斬り合いを始めるとでも考えているのか? 馬鹿馬鹿しい」
「さて、そうですかな?」トルネコは穏やかに言った。「かつて冷戦のさなか、アインシュタイン博士は、第三次大戦で使われる兵器は何かという問いに答えてこう言いましたね。「第三次大戦はどうだか判らないが、第四次大戦で何が使われるかは判る」。それは何かと問われて、博士はこう答えました。「石だ」とね」
「それがどうした?」
「博士の言葉は、第三次大戦が勃発すれば世界は滅び、石器時代に逆戻りする、という意を込めた皮肉です。しかし、考えてみてください。《ダンクーガ》の存在は、戦争を限りなくミニマムにします。テロや暗殺では、まだあからさますぎる。《ダンクーガ》が見逃してくれる保証はどこにもありません。《ダンクーガ》が戦闘員と民間人を区別できないようにするために、戦争状態は徐々に一般生活に溶け込んでいくでしょう。そこで行なわれるのは、極めてプリミティブな形の暴力です。戦争とは言えない、散発的で独立した、ゆるやかな暴力の連携。たとえばこういうものを使っての、ね」トルネコはじゃらりと鎖を鳴らして、棘付きの鉄球を持ち上げてみせた。「――それを考えてみれば、あながち私の商品も、需要がないわけではないのですよ」
 何を馬鹿な、あり得ないことを。そう言って一笑に付そうとしたユーリーは、ふと躊躇った。
 もしかすると、この男の言うことが正しいのではないか、と――そんな気違いじみた考えが、一瞬頭をよぎったのだ。
 ユーリーは街の方を振り返った。
 煙を上げる廃墟の中で、《ダンクーガ》が、執拗に拳を振り上げては、また振り下ろしている。
 何度も、何度も、飽くことなどないように。
 もはや聞こえる悲鳴もわずかとなっていた。
 《ダンクーガ》――その全身を真っ赤に染めているのが、消えかけた夕日の残光なのか、あるいは叩き殺した人間の返り血なのか、ユーリーにはもう判断がつかなかった。

  

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