アナーキズム 名著でたどる日本思想入門 ISBN:4480061746

walkeri2004-05-20

 アナーキズム。それはいかなる権力にも縛られたくない、好きなことだけやって生きたいという願いを体現した思想である。直球の厨房思想ということもできるだろうが、やりたくないことを強制されるのは誰だっていやなものだ。好きなことをして生きたいと考えたことのない人間はいないだろう。そう考えてみると、アナーキズムはあらゆる人間の心の底にある欲求と結びついた、もっとも共感を呼びやすい思想であるかもしれない。この本はそのアナーキズムの思想史を俯瞰するものである。
 紹介されているエピソードは多岐にわたる。すごいな、根性入ってんな、という本格的なアナーキストもいるが、ろくなことをしていない連中も多い。もともと大人気ない思想であるだけに、生のまま実践しようとするとだいたいダメ人間になるようだ。従姉妹を売りとばした金でごろごろして、そんじゃ一発テロでもやって死に花咲かすか、と出かけていって失敗する。あるいはつるんで銀行襲って成功したはいいが、賞金付きで指名手配された途端、互いに密告しあって全員自滅(アナーキストはどんなしがらみにも縛られないのだ)。一方、こりゃそのままじゃ使えない、薄めないとダメだと気づいた人たちが、アナーキズム的なモチベーションを胸に抱きながら他の思想に移っていくのも興味深かった。権威への反抗がファシズムナショナリズムと直結するケースがいままで不思議でしょうがなかったんだけど、なるほど、全部繋がってるのね。
 浅羽通明の本を読むのは初めてだけど、んー、面白かった。そういえば、石井文弘さんがファンだったな。思想の世界に足を踏み入れるつもりは毛頭ない自分のような人間でも楽しめたので、思想史の面白さを伝えたいという著者とちくま編集部の狙いは当たっているのではないだろうか。アナーキズムは確かに厨房思想ではあるんだけど、その主張は今でも人々にアピールする力があるし、冒頭で書いたように、誰でもアナーキズム的な心性は持っているはずなので、それぞれ自分の考え方と関連付けて面白く読めるはず。おすすめ。
 余談だけど、昔のアナーキストの組織は煮えた名前が多くてよろしい。「黒」出版社とか「黒竜会」とか。英語にするとBlack Publishing、Black Dragon Society? ホワイトウルフの設定みたいだ……。