親指はなぜ太いのか*1

walkeri2003-09-02

非常に刺激的な本。著者は長年アイアイなどの原猿類の研究に携わってきた人で、「サルの手と口の構造は、その主食によって決定される」という「口と手連合仮説」を提唱し、さまざまなサルの体の構造と主食の関係を実際に見直していきます。一見して奇妙に思えるサルの手の形が、実は合理的なものだと判明していくのがとても面白いですがそれだけではない。この本は更に踏み込んで、「口と手連合仮説」の観点から、「初期人類の主食は何か」の分析に入るのです。
まずこの問題設定が驚異。初期人類の主食なんて考えたことあります? 僕はありません。言われてみれば「ああ」と思いますが。
主食はその動物のニッチを決定するのだから、初期人類がそれまでのサルとしてのニッチを捨ててまで人類への道を歩みだしたということは、すなわち新たな主食を開発(!)したということだ。それは人類の口と手の構造に密接に関係している。切歯と犬歯と臼歯の高さが揃い、歯のエナメル質が異常に厚く、前後左右に動かせる自由度の高い顎関節*1を備えた口。親指が太くて力強い、力を抜くと掌と指の間に楕円形の空間ができる、「直径5cmほどのものを握るための」手。これらの条件に相応しい初期人類の主食とは、一体何か。
導き出された結論は驚くべきものですが、なるほどと思わせるものは確かにあります。確かにこれを主食にする動物はちょっと思いつかないし、なにしろ著者が実際に食べてみて、食えると言うのだから仕方がない。これは憶えておけば飢饉でも生き残れるぞ。
主食と摂食方法がわかれば、あとは直立二足歩行の起源まで一直線。すばらしい! 知的刺激に満ちた本でした。
 
「口と手連合仮説」の妥当性は、これだけ読んだ限りではまだまだ検証の必要があるように思えますが、視点としてはかなり堅実かつ有望なものに見えます。あとこの人は文章が上手い。事実や仮説から来る驚きとは別に、読んでて興奮させられます。プロフィールを見たら、なんだ、以前イヤ動物学会で紹介したアイアイファンドの人でした。そうか、それでアイアイか。売上が原猿類にまわると思えば買ったかいがあったというものよ。ハハハハ(横っ飛びで去る)
 

*1:チンパンジーの顎は上下にパクパクとしか動かない