のナショナリズム ISBN:476640999X

新しい歴史教科書をつくる会」を分析した本。というか小熊英二の本なので買ったんですが、共著者の上野陽子による「つくる会」神奈川支部エスノグラフィーが入っているのがユニークで、非常に興味深く読みました。
エスノグラフィーというのは人類学の用語で、研究対象集団の外からではなく、観察者自身が集団内に入って「参与観察」(=「フィールドワーク」)した結果を文章にまとめたものです。民族誌とも訳されますが、この本で見るとおり、対象が民族集団であるとは限りません。統計的な手法を用いて、集団を外部からマクロな視点で分析するのが社会学なら、同じ集団を内側からミクロな視点で切り取り、細かなディティールをすくい上げて一種の「物語」を描くのが人類学です。
こうして描き出された「つくる会」の会員たちの姿は、まったく一様ではありません。年齢も、信条も、立場も驚くほどバラバラです。しかしそのバラバラな中にも、ある共通した傾向が見て取れます。それは、自分が「普通」だ、という信念であり、また「普通」でありたい、という強い願望です。参加者の一人である主婦の問いかけに、その傾向は端的に顕れています。彼女は上野に対して、不安そうに「(私たちは)奇妙な人たちの集まりに見えますか?」と尋ねるのです。
「よく出てくる言葉」として列挙されたキーワードが面白いので引用しましょう。肯定的なものと否定的なものの二つがあります。

肯定的
 ・良識的
 ・普通の感覚
 ・健全なナショナリズム
 ・庶民
 ・日本人としての誇り
 ・伝統
 ・産経
 ・石原慎太郎靖国神社公式参拝のときに顕著)
 
否定的
 ・左翼
 ・サヨク
 ・市民運動家(ヒステリックな、という形容詞も多用される)
 ・人権主義
 ・朝日(朝日新聞のことを「朝日」と呼ぶ)
 ・マスコミ
 ・官僚(「弱腰外交」などを含む)
 ・一部の政治家
 ・社民党
 ・共産党
 ・中国
 ・韓国
 ・北朝鮮

上野はこの語群には「自らを表象する言葉」が意外と少ないことに着目し、「価値観を共有している」ことを示すために特定の言葉を繰り返し用いていると指摘します。そこに現れるのは、自分を語る言葉を持たず、実感を伴わない抽象的な「日本人」のイメージに逃げ込み、ただ共通の対象を攻撃することによってのみ安心している、世にも情けない人々の姿です。
しかし、これをただ嘲笑って済ませることのできる人が、果たしてどれだけいるか疑問です。彼らの情けなさは、現代日本人の多くが共有する情けなさではないかと思います。
そして「普通」を求めることが、容易に異分子の排除に繋がることは、もう言うまでもなくわかっているはずですよね。
 
小熊英二の本にしては、1800円と大変お安くなっております。特にかつて『ゴー宣』を読んでいた人は、過去を清算するためにマストリードです。こっちの道は行き止まりだということが確認できて、僕は大変すっきりしました。オタクが保守思想に走るのはどう考えてもおかしいよ(笑)。