宇宙戦争

 これまで長く、怪獣は日本の専売特許でした。
 怪獣は日本の象徴であり、誇りであり、他国が決して真似できないものでした。怪獣魂を持たない外国人が形だけ真似しても、それは単なるモンスター映画にしかならず、日本人は怪獣文化を生み出した日本独自の文化風土について優雅に議論しつつ、USA版ゴジラを鼻で笑っていられました。
 ――これまでは。
 これからは、もう違います。
 幸福な時代は終わりを告げました。
 怪獣は決して日本人だけのものではないことが証明されてしまいました。
 日本の特撮にも精通した最強のオタク監督に、世界最高レベルの怪獣映画を撮られてしまったのです。
 陰鬱で、絶望的で、人間は何も出来ずにただ逃げ回るだけの、素晴らしい怪獣映画を。
 人知を超えた巨大なものが人類世界を蹂躙する、見事なまでの破滅SFを。
 『宇宙戦争』によって、怪獣映画というジャンルは、はるか高みに引き上げられました。
 これからの怪獣映画は、ここが基準となるでしょう。
 特撮という狭いジャンルではなく、ふたたびメジャー映画の土俵で戦わなくてはならなくなったのです。
 どうするんだ。
 『宇宙戦争』における怪獣、ウォーマシンの造形は、実はそれほど特徴的ではありません。むしろのっぺりして特徴に乏しく、これまでに書かれてきた数多くの三脚戦車と比較しても、つまらない方のデザインと言えるでしょう。
 しかしこれが動くと、印象はまったく異なります。道路や建物にバキバキと亀裂を走らせながら姿を現す初登場シーン然り、夜の丘の上にそそり立つシルエット然り、細い足で大都市を我が物顔に歩き回るロングショット然り。未知の世界から訪れた異物として、その存在感は圧倒的です。そしてその咆哮ときたら! そう、機械のくせに吼えるんですよ! こいつら! スピルバーグ超わかってる。出来ておる。
 間接的な演出も冴え渡っています。鳥の群れ、地下室で聞く大破壊の轟音、徐々に近づいてくる砲声、嵐を高架越しに見上げる父と娘のカットの不吉さ、川、車を取り囲んで徐々にヒートアップする群集、踏切を通過する列車の衝撃! 強烈なビジュアルを休む間もなく叩きつけてくる暴力的な映画で、観終わった後はくたくたに疲れます。
 『マイノリティ・リポート』のときもそうでしたが、スピルバーグトム・クルーズをかっこよく描くつもりがまったくないようです。今回のトムは徹頭徹尾挙動不審で、ラストシーンに至るまで、ほぼなんの救済もありません。旅の終わりを描いたシーンも異様に据わりが悪く、いつ夢オチで終わるか*1とドキドキしました。
 ああ、また行きたい。あの絶望的な、悪夢のような、世界の破滅をもう一度味わいたい。ユナイテッド・シネマとしまえんウィンブル・シートが楽しそうなので、上映中に行っておきたいなあ。
 
 

*1:目を覚ますとまだあの地下室にいる。地面に倒れたトムのそばで、ティム・ロビンスが穴掘ってる。トムがドアを閉めてからの展開は全部夢。ではないかと半ば本気で思った。